クラブの歴史

開催日2016年10月13日(木)・14日(金)・15日(土)・16日(日)

緑なす狭山丘陵に狭山ゴルフ・クラブが
その雄大かつ優美な姿を現したのは、
1959年のことであった。

 18ホールの先行開業で、27ホールの完全な姿となったのは1963年、1958年の事業主体「武蔵野開発株式会社」設立から5年の歳月を待たなければなかった。 高邁な理念のもとに、 格調高いクラブづくりを目指した先人の労苦と熱き思いに心からの感謝と敬意を表さなければならない。
 名コースデザイナー小寺酉二氏は、武蔵野の面影を色濃く残す38万坪の広大で平らかな地に、赤松を主に黒松や杉・檜等でセパレートされたフェアウェイをゆったりと美しく配した。グリーンは手前に高麗、奥にベントのコンビネーションのワングリーンであった。

1959年

1959年写真

 その後、時代の流れを踏まえて、グリーンは高麗・ベントのツーグリーン、ツーベント化さらにはサンド化へと進み、その絶妙なアンジュレーションが難易度を一層高めることとなった。また、コースレイアウトのリノベーションも時宜を得て行われ、要所に巧みに配置された新たな池、変化に富んだ印影を刻んだバンカー群が各ホールの輪郭をより深く映し出し、
高度な技術・正確なショット・チャレンジ精神を求めるより戦略性の高いコースに
進化しつづけている。

1959年写真

2005年

2005年写真

2008年

 かつて、ここを舞台に幾多の名勝負が繰り広げられた。
1963年開催の日本学生ゴルフ選手権では、甲南大3年の中部銀次郎選手が優勝、それから半世紀を経た2012年の同選手権では東北福祉大3年の松山英樹選手が栄冠に輝いている。
2008年の日本シニアオープンゴルフ選手権では、2002年のダイヤモンドカップの覇者、中島常幸選手がシニアオープンチャンピオンの栄光を手にした。

そして、2016年 第81回日本オープン選手権。
この舞台に、どのようなドラマが待っているのであろうか。